21世紀の民族教育とは



21世紀の民族教育とは

鈴 木 雅 子





存続の危機に瀕する民族学校

マイノリティの民族教育とは、その国に生きる少数民族の将来を決するほど重要な位置付けを持つ。

在日・韓国朝鮮人社会は、戦後50有余年にわたって同化を迫る日本の圧力を受けつつも、民族心の維持継続に努めてきた。そこに民族学校の果たした役割はとてつもなく大きい。>

公的支援一切無しで、質的レベルの高い学校を維持運営できたのは、民族学校こそ在日社会の財産という認識があってこそだった。

ところが今、その財産たるべき民族学校が存亡の危機に瀕している。主因は生徒数の減少だが、これをもたらしたのは何か、様々な要因が絡み合っているものの突き詰めれば在日の求めるニーズに民族学校が応えられなくなったからだ。

十条の朝鮮学校の保護者たちが総連本部に要望書を提出したことを覚えている方も多いと思う。保護者総意の要求は、残念ながら受け入れられなかった。それでも、この事態に至って在日同胞社会は大きな危機感を抱き、問題を直視し打開策を求める取り組みが始まった。

   「在日同胞社会の未来を考える研究会」では、朝鮮学校、韓国学校の理事や関係者たちが南北の枠組みを離れて民族学校をテーマに話し合った。研究会では、在日朝鮮・韓国人オンリーの民族教育に固執する発言も一部に見られたが、総意としては地域に開かれた国際社会実現の場として、日本人なども含めたインターナショナル化の道を探るというものであった。

今後、その方向性のもとで南北在日同胞による共同作業が進められていくのは間違いないと思われるが、それが具体的な動きにつながるかは、今後の協調活動如何にかかっている。

インターナショナルスクールで学ぶ

 鄭暎恵さんは、引越しを契機に8歳のレミちゃんを日本の公学校から東京・荻窪にある青葉インターナショナルスクールに転校させた。

このとき鄭さんは、東京近郊のインターナショナルスクール各校をピックアップし、学校の雰囲気や運営などをつぶさに比較検討した上で、青葉インターナショナルスクールに決めたという。

 4月16日、鄭さんとレミちゃんに案内されて、同校のスプリングフェスティバルを見学した。インターナショナルスクール=アメリカ人主体のイメージがあるのだが、ここにはアジア系の子供たちも多い。幼稚園年長組〜中学3年生まで、約500人の子供たちが学んでいる。

 フェスティバルは保護者が子供たちを楽しませるための恒例イベントで、各国の特色ある料理屋台やフリーマーケットとともに、お母さんたちのフラダンスや子供たちの歌などが仮設舞台で繰り広げられていた。

女の子に人気なのはネイルアートとヘアサロンのコーナーだし、男の子たちは校庭でゲームを楽しんでいる。大人たちはビールやワインを片手にあちらこちらの屋台をのぞきながら交流を楽しんでいる。

その感想を一言でいえば、日本の学校行事しか知らない者には想像もできないほど自由でのびのびとした楽しいひとときだった。

 青葉インターナショナルスクールに入学するのは決して難しくない。ただし、入学希望者による順番待ちがあるほど人気なので、いつでも入れるわけではない。レミちゃんの入学試験はアルファベットを言えるかどうかだけだったが、一年経った今では授業だけでなく同級生とのおしゃべりも英語だ。

レミちゃんは、学校で英語、家庭では日本語と巧みに使い分けるようになった。子供たちは、例えば家庭では韓国語、学校で英語、テレビやマンガ、日本語授業を通して日本語をというふうに、ごく自然にバイリンガルになる。

 入学試験は簡単で、日本の私立校のようなお受験対策も必要ないが、学習プログラムは緻密に組み立てられている。コンピューター教育もいち早く取り入れられており、目下、レミちゃんにとって一番お気に入りの授業だという。

「のびのびと教育できる環境をあてがってやりたいと思ったんですよ。日本の公学校は限界に来ていますしね。以前いた小学校では、いつも遅刻ぎりぎりで行くのを嫌がったりしたのですが、ここに来てからは誰よりも早起きして学校に行きたがるようになりました」

 レミちゃんは自分をカナダ人だと思っている。生まれて幼い時期を過ごした国がカナダだったからだが、鄭さんは、無理に親のアイデンティティを押し付ける必要はないと考えている。そうしたことは成長の過程で子供が自然とつかんでいくだろうと。彼女が学校を選ぶ際、選択肢のなかに韓国学校・朝鮮学校はなかった。

「今の民族学校は違うかも知れないのですが、私の経験した時代の民族学校は、上下関係が厳しく子供を押さえつける教育だったように思います」と鄭さん。

 青葉インターナショナルスクールでは、子供たちそれぞれの背負う文化や民族的違いは問題にならないという。なぜなら、ここでは一人一人が違って当たり前なのだのから。

例えば、どこかの国で災害が発生したとすると、学校では即座に保護者たちによる募金活動などが繰り広げられる。子供が在籍していない国の問題も話し合われるという。必然的に子供たちは、自分たちの生きる社会がいろんな文化、いろんな言語、いろんな民族で成り立っていることを自覚する。

 日本の公学校では「違い」や「個性」がイジメにつながってしまうことが得てして多い。そのためか、日本人のシングルマザーが、インターナショナルスクールに子供を入学させるケースもある。日本社会でシングルマザーはまだまだ認知されていないし、子供は「普通と違う」存在として公学校の中では息苦しさを覚えざるをえないからだ。

彼女ががインターナショナルスクールを選んだのは、本名で生きる在日を自然のままに受け入れてくれる点と、国際社会に羽ばたく視野の広い人材に育って欲しいとの気持ちがあってのものだと思われる。

難点は親の負担

 青葉インターナショナルスクールの規律は緩やかである。子供たちはおしゃれに熱心だし、校内にはアイスクリームの自動販売機もあり、遠くから通う子供もいるのでおやつ持参が認められている。ボーイフレンド・ガールフレンドとの関係もフランクだ。

ただ、学校内ではのびのびと振舞えても、一歩外に出て日本社会の視線にさらされたとき、子供たちはある程度の緊張を強いられる。派手なイメージのせいか、不良外人の子供たちというレッテルづけをされているようだと鄭さんは笑う。

 しかし、学校では確固たるポリシーが貫かれている。人間として一番大事なことをしっかり教えようという姿勢がある。例えば規則のなかにある「退学処分の対象」を読むと、ケンカ、盗み、賭け事、授業妨害、イジメ、嫌がらせ、仲間はずれ、他の生徒の出席妨害、学校記録の偽造、通知書内容の無断変更、署名偽造が明記されていた。

1回やると処罰対象、2回目だと停学、3回目では退学だ。髪の長さやスカートの丈から男女交際に至るまで、事細かに「していけません」がズラリと並ぶ日本の学校とは大違いである。

 子供を持つ親なら、このような学校で子供を学ばせたいと思うだろうが、難点は学費の高さ。学年によって年間160万円から200万円。さらに設備費5万円と給食費(選択できる)が8万円。

サマースクールに参加すればその費用が36万円。日本の私立学校よりもかなり高い。そのせいか、学費が続かず途中で転出してしまう子供もいる。鄭さんも、入学にあたっては学費の高さに悩んだという。

「あなたの学費があれば貧しい国の子供たちが大勢勉強できるんだから、それを無駄にしてはいけないよと子供には言うんですが、わかってくれているかどうか」と、鄭さんが苦笑いした。

限界にきた文部省の公教育施策

 不登校児童は現在、日本全国で約12万8千人に上り、一方で学級崩壊も進んでいる。文部省に対しては早急な教育改革が求められており、衆議院文教委員会は教育改革の一方策に位置付けた「チャータースクール(研究開発学校制・フリースクール)構想研究会」で議論を重ねている。

構想研究会は、具体的には時間をかけた基礎基本学習、特定分野の才能をのばす教室づくり、環境問題・郷土史研究などのプロジェクト学習、学習の進んだ児童生徒の興味に応える内容、スポーツ関係クラブ活動の重視等々。

また、幼・小・中・高校間の教育系統制の強化や通学区域の一部撤廃などを通して、生きる力を総合的に身につけさせることをテーマとしている。

 文部省は、登校拒否も学級崩壊も最大の要因は子供の忍耐力不足にあり、家庭教育の問題だと指摘している。しかしながらこれは学校教育の現場でも無視できない事態として、あらゆる方法を講じて忍耐力を養う方法を考えるべきであり、教師もその力をつけた子供を評価すべきだと主張、その一環としてスポーツ教育重視を一つの柱に打ちたてようとしている。

体力作りと忍耐力を養うにはスポーツが確かに役立つ。しかも、一流企業は好んで体育会系を採用する。言い添えれば、上下関係をしっかりわきまえた?体育会系は上司の命令に絶対服従するから良いのだと、ある電力会社の人事担当者が言ったように、既存社会に適合した人間作りの面でもメリットが大きい。

 子供は学校にいくべきものと、われわれ大人たちは思いこんでいる。登校拒否児童についても「少々のイジメを受けたぐらいで不登校になるような弱い子供」というイメージでとらえている人たちも多い。

しかし、こうも大きな社会現象になってしまうと、親の問題、教育現場の問題として登校拒否児童を切り捨てるだけでは済まされず、文部省として大きな政策変換を迫られているわけだが、今のところ打ち出された方針を見る限りでは的確な政策が打ちたてられたとは言いがたい。

 それどころか、近年になって全国的に増えてきたフリースクールこそ、親と子の求めに応じる新たな学びの場として、ニーズに合致していると言わざるを得ない。義務教育、高校、大学という既存の立身出世コースが子供側の拒否に合った結果、様々な形の学びの場が生まれているのだ。

「なぜ学校に行かなければならないのか」という子供の問いかけに、フリースクールは的確な答えを示している。

フリースクールから生まれた大学

 フリースクール「東京シューレ」は、公立学校の教師をしていた奥地圭子さんを中心に「登校拒否を考える会」や市民の協力を経て1985年に設立された。雑居ビルの一室から始まったものの、付近のアパートを借りてもなお子供たちが120人も待つ事態となり、1991年に王子に移転。

大きくなっていく過程で「運営委員会」を発足、ガラス張り経理のもとで「東京シューレ基金」を作り、1993年には通学定期も実現させた。

1995年、新宿シューレがオープンして都内3カ所(約200名)となり、長野には宿泊型のログハウスシューレ(20名)、またホームシューレ(300名)と、サイバーシューレもスタートした。

 東京シューレでは文部省と教育委員会、校長や先生たちが決めたカリキュラムを消化するが、時間割ややりたいことなど学校生活全般は子供たち(小1から20才)のミーティングで決める。

東京シューレはシューレ大学を設立した。代表の奥地さんは、次のように語っている。

「学歴としての大学提唱ではなく、共同作業による知識探求の場として、旧来の学校知を拡大再生産するのではなく、21世紀をひらく新たな知性、感性を大事にしながら、日本社会に意味あるものをもたらす小さな芽になればと思います」

IDEC世界フリースクール大会(IDEC・国際民主的教育大会)は、1993年にイスラエルのヘデラ・デモクラティックスクールで始まった。日本での初開催は、東京シューレの子供たちの自主的かつ積極的な呼びかけに応じて決定した。  

その子どもたちを見れば、フリースクール=登校拒否児童のイメージで語る訳にはいかない。公学校を拒否した子供たちが、自ら積極的に行動し、自主的に学ぼうとする姿勢を示しているのだ。忍耐力うんぬんだけの問題ではないことを文部省は自覚せねばならない。

しかも、こうした子供たちが大学の場にも戻りつつあるのは、大検予備校が全国で増えている現状からも明らかである。例えば、大検の第一高等学院の場合、通学部、通信コース、ビデオ通信コースがあり、全国29校を擁するまでに成長した。

民族教育に打開策はあるのか

 このように見てくると時代のニーズに応えられなくなっているのは、なにも在日韓国・朝鮮人による民族学校だけではない。公学校にしても様々な取り組みと模索を強いられている状況にある。

それにインターナショナルスクールも東京シューレも、選択肢の一つとしては評価されるが、これですべてが解決するわけではない。圧倒的多数の子供たちには公教育しかなく、また、民族学校の改革も京都韓学のように現場での改善努力は進展しているが、全体としてはまだ先が見えてこない。

東京国際フォーラムの地域国際セミナー分科会として「在住外国人の子供と教育〜21世紀の学校と地域に望むこと」が開催されたときのことだ。日本の学校に通う外国人の子供たちが、これまでどんな問題を乗り越えてきたのか、また、問題解決のために何ができるか、21世紀の学校と地域のあるべき姿を探ろうという内容だった。

  民族共生教育を目指す東京保護者の会を代表して呉崙柄さんが「在日コリアンの子供と教育」を、葛飾区立双葉中学校夜間学級教論の岩田忠さんが「中国帰国者の子供と教育」、兵庫県立神戸甲北高校3年生のルシエネ・ユカ・モチズキ・マツバラさんが「ブラジル人の子供と教育」、川崎市教育委員会総務部人権・共生教育担当主幹の小宮山健治さんが「川崎市外国人教育基本方針の策定」についてそれぞれの立場から発言。コーディネーターを務めた明治大学の山脇啓造さんは次のようにコメントした。

「旧植民地出身者として日本在住の歴史が最も長い在日コリアン、70年代以降来日した中国帰国者やブラジル人の事例報告から、在日外国人の子供たちへの偏見や差別が繰り返されていることが明らかとなり、日本社会と学校の問題点が浮き彫りになるとともに、日本で最も積極的な取り組みをしている自治体の一つである川崎市の報告からは行政の果たし得る役割が示された。実際に外国人を受け入れるのは地域社会であり、なかでも決定的な役割を果たすのは学校である」

 ニューカマーと呼ばれる外国人側からみれば、在日コリアンの持つコミュニティは羨望の的である。民団、総連といった組織体だけでなく、民族学校、民族金融機関など、日本で暮らすための基盤がすでにあるわけで、地下銀行による不正送金を強いられる人もいれば、日本人同化教育に巻き込まれて民族心喪失、あるいは学校拒否の子供たちが増加している現状からみれば、在日韓国・朝鮮人の財産である民族学校を在日同胞だけでなく日本人、在日外国人と共に、地域社会に開かれたものにしていくことが、21世紀に向けた魅力ある学校再生の道となろう。公教育の限界が見える今こそがチャンスである。

 「しかしフリースクールもインターナショナルも、日本のシステムに適合できない子供を社会に送り出すことになってしまうのではないか」と誰かが言った。

「日本の既存システムでは対応できない21世紀型社会はもう始まっている。インターネットという第三の産業革命の中で国境・国籍を越えて活躍できる人材が求められている。文部省の教育改革がそれに対応できるとは思えない」  私はこのように答えた。





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